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日本民主青年同盟
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平和・憲法9条


戦争をなくしたい、平和な日本と世界をつくりたい…全国の班や都道府県委員会が独自に、あるいは幅広い団体や個人と協力して、多彩な行動が広がっています。


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「ピースジャム2007」を開催 新潟(2007/12/23)

新潟市内で12月23日、ことしで13回目となる「ピースジャムin新潟 2007〜憲法施行60年、あなたにとって平和って何?〜」(同実行委員会主催)が開催され、109人が参加しました。「九条の会」事務局長の小森陽一東大教授の講演(写真左)をメインに、グループ討論で感想や思いを交流したり、ピースコンサート、「上を向いて歩こう」を手話で歌いました。小森さんは「世界から見た憲法九条」をテーマにテロの問題、国連憲章と憲法9条について縦横に講演。「自分は朝鮮戦争の停戦協定がむすばれた1953年に生まれたので、『9条の思想で戦争を終わらせたい』という思いで平和運動をやってきた」と話しました。

参加者からは「憲法がかわると日本が『戦争する国』になってしまうことがよくわかった。まさに『目からウロコ』だった」「真剣に平和について考えている人と出会えたことに感謝したい」などの感想がよせられています。

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学生「九条の会」が品川正治講演会 千葉(2007/12/18)

「千葉大九条の会」は12月18日、経済同友会終身幹事の品川正治さんの講演会を開催し、50人が参加しました。

品川さんは高校時代、みんなが徴兵され死ぬことを前提に学んでいたこと、また、復員船のなかで新聞の憲法草案を読んでみんなで泣いたことなど自身の戦争体験とともに、「マスコミなどでは『日米同盟』といって日本とアメリカが価値観を共有しているかのようにいうけれど、いまも戦争をしているアメリカと9条をもっている日本の価値観はちがう」と強調。最後に今後の日本のすすむ道として、「9条を選択することで、アメリカもかわらざるを得ないのだから、いまほど日本国民が出番のときはない」と熱く語リました。「九条の会」は、講演会にむけて授業前の教室や食堂前などでシール投票宣伝をおこない216人から9条への思いを聞きました。

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学生がクリスマス・ピースウオーク 東京(2007/12/8)

太平洋戦争開始66周年の12月8日、「PeaceNight9」実行委員会と東京大学駒場キャンパスの学生「九条の会」がよびかけたクリスマスパレードに、約40人の学生が参加しました。(写真左)。当日までに、口コミやメールでまわりに参加をよびかけてきたもの。イルミネーション華やかな山手通りや渋谷を、ジョン・レノンの「ハッピークリスマス」など平和とクリスマスをテーマにした音楽を流しながら、「集まれ9児たち☆ 灯せ平和の光」と書いた横断幕や、「9」の文字の書いた旗やボード、クリスマスツリーをもって、「昔、戦争がはじまったこの日、政府が戦争しようとしていることにおかしいと声をあげたい」「平和を願う心を発信しましょう♪」と、装飾した宣伝カーから自分たちの言葉でうったえました。

パレードに参加した学生は、「初参加ですごい楽しかった。行動するのは高いハードルがあると思ってたけど、参加してみればそうでもなかった」「9条を守る意識の土台がつくられていっているし、これからの活動の自信になった」と元気に話していました。

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「9条を世界に」とネルソンさん――北大の学生らが講演会 北海道(2007/12/3)

「九条の会・北大」の学生・院生が中心となってつくった実行委員会が12月3日、北海道大学で、元海兵隊員のアレン・ネルソンさんを招いた講演会を開催し、230人が参加しました(写真)。

学生や教員によびかけ57人が賛同し、札幌市も後援。実行委員会では、キャンパス内に立て看板やポスターをはりめぐらせ、昼休み宣伝を1週間連続しておこない、参加をひろげました。

アレン・ネルソンさんは、自分が人殺しの訓練を受け、海兵隊員としてベトナム戦争に従軍したことや、そのなかで偶然、ベトナム人女性のお産に立ち会ったことで自分をとりもどしたこと、退役後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を18年かけて克服した経験などを講演。1995年に沖縄の米海兵隊員が起こした少女暴行事件をきっかけに、在日米軍の帰還をうったえる運動をはじめ、「そのとき、日本の憲法9条を読んでおどろきました。同じ条文がアメリカや世界にあればどんなにいいでしょう。憲法9条をなくしてはいけません」とよびかけました。

話を聞いた学生は、「軍隊は『国民を守る』という建て前であっても、人を殺すための組織であることを忘れてはいけないと思った」と感想を話していました。


「ピースDE9カフェ」に70人が参加 大阪・吹田(2007/12/2)

「吹田・摂津青年九条の会」などでつくる実行委員会が2日、「ピースDE9カフェ」を開催しました。自作のコーヒーやケーキ、クッキーを楽しみながら、戦争の実態を映像でみたり、平和の歌のバンド演奏に聞き入りました。昨年地域でピースライブをおこなったメンバーが中心となり、「もっともっと気軽に平和を語り学べる場所をつくり、ネットワークをひろげたい」と、当日にむけ街頭宣伝にもとりくみ、近隣住宅にチラシをポスティングするなど地域全体にアピール。当日は約70人が「来店」して会場はほぼ満席になりました。参加した青年は「若い仲間、そしてつながっている仲間がたくさんいて、いい感じ!」と感想をよせてくれました。実行委員長の大勝壮平さんは「とりくみをつうじて平和のネットワークがひろがったことに達成感を感じてます。9条を守りたいし、戦争で青年がどんどん死んでいっているなんて許せない。新テロ特措法もアメリカをよろこばせるだけで根本解決になっていないと思う。これからもがんばりたい」と話しています。


07年平和大会に1900人 沖縄(2007/11/22-25)

「2007年日本平和大会in沖縄」が11月22〜25日まで開催され、約1900人が「新テロ特措法を廃案に」「日米安保の解消を」「全国の米軍基地の撤去せよ」とアピールしました。

24日の青年分科会では、「オキナワから安保を知る〜沖縄戦・『祖国復帰』運動経験者から学ぶ」をテーマに、祖国復帰運動にたずさわった元県議や沖縄の民青同盟初代書記長などから「壕のなかで日本兵に少女が『処分』されていたことがいまでも忘れられない」「幸せだと感じるのは、青年と話すとき」と話を聞きました。また全体集会では、「戦争を生き抜いた人・復帰をたたかった人たちがいるからこそ、いまの私たちがあり沖縄がある」(沖縄現地実行委員会の前田大一さん)、「高校生九条の会をつくりたい」(福島の高校生)など青年が発言。参加者からは、「沖縄戦の形容しようのない悲惨さを知り、沖縄の人びとの平和のルーツが理解できました。全国にできた仲間たちの関係も大切にしていきたい」(21歳、女性)と話しています。

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「命の尊さを再確認できた」――平和友好祭を開催 山形(2007/11/3〜4)

山形県第46回平和友好祭が11月3〜4日の日程で開催され、全体で24人が参加しました(写真)。主催は民青同盟や山形青年ユニオン、山形県労連などでつくる実行委員会です。

メイン企画は「平和な明日へ 語り継ごう戦争体験」。戦争体験を話した河内愛子さんは、戦争中は天皇のために死ぬことが一番大切だとされたことや、キリスト教も隣人愛を説くが、最後にはたたかわなければとなったことなど当時の状況を語り、「どうしたら戦争を止められるか、戦争体験者と語りあうことが大切。身近な方々から聞いていってほしい」と強調しました。

原水爆禁止世界大会に参加した青年は、「被爆者手帳を持った方がこの地域にも30人いると聞いたが、まだお会いしたことがなく、戦後62年たってどんどん亡くなっている。戦争はいけないという思いをつよく感じて帰ってきた」と報告しました。

最後に「私たちの平和宣言」を採択し、ザ・ブルーハーツの「青空」をみんなで歌いました。参加者は「戦争のむごさ、悲惨さがわかり、人の命の尊さを再確認することができました」などの感想をよせていました。


「知らないことはおそろしい」――森住講演会に200人 栃木(2007/10/31)

栃木の青年たちが実行委員会をつくり、10月31日に写真家の森住卓さんを招いての講演会「森住卓フォトレポート 戦争・核・子どもたち」を開催。当日は会場をうめる約200人が参加しました(写真)。

講演で森住さんは、取材先で撮った写真をプロジェクターで映しながら、現地の状況やそこで感じたことなどを紹介。森住さんは沖縄で「集団自決」問題についても取材。「自決」した方の姉妹から聞いた話なども紹介しながら、軍の関与があったことをあきらかにしました。また、アメリカや旧ソ連での核実験場やイラクの劣化ウラン弾の被害などについてもレポートしました。

講演後の質疑応答では、「なぜ危険な目をしてまでそんなところに行くのか?」「身の危険を感じたことは?」など率直な質問が出ました。森住さんは「身の危険はいつも感じていますが、そのことに使命感を感じています」とこたえました。

参加者からは、「写真の一枚一枚に魂がこもっていた。知らないことはおそろしいし、知らせないことはもっとおそろしい」「いま戦争を美化するような流れがあるが、やっぱり戦争はいけないということをこの講演でつよく感じた」などの感想がよせられていました。


憲法9条がますます輝いている――学習会を開催 山梨(2007/10/27)

山梨の青年たちが実行委員会をつくって10月27日、「非軍事ばんざい! 憲法9条を考える青年学習交流会――テロと戦争をなくすために日本ができること」を開催。日本平和委員会常任理事の川田忠明さんを講師に、講演と質疑応答、感想交流などをおこないました。

川田さんは、「日本にもとめられる“国際貢献”とは」「憲法の平和条項は現実的か」などをテーマに講演。いま焦点になっているアフガンやイラクの状況や、北朝鮮問題をどうみるか、国際社会の変化や話しあいによる解決をめざす大きな流れなどについてふれながら、憲法9条の価値がますます輝いていることを強調しました。

質疑応答では、「『警察力』と『軍事力』はどこがちがうのか」「憲法9条を生かした具体的な支援とは」などの質問が次つぎとだされ、川田さんが回答しました。

参加者は、「イラクで毎日50人以上なくなっているとかショックだったけど、実状を知れてよかった」「東アジア地域の動乱をなくすことが大事という話に納得」「日本政府はお金を軍事費に使うんじゃなくて、もっと民生費に使うべき」などの感想を話していました。


身近な話題から憲法を学習――平和友好祭に140人参加
福岡(2007/10/20〜21)

「福岡県青年・学生平和友好祭2007」(同実行委員会主催)が10月20、21日の両日ひらかれ、さまざまな団体から総勢140人が参加しました。日本共産党から九州沖縄ブロック国政対策委員長の田村貴昭さんが激励のあいさつをし、ファッション評論家のピーコさんより賛同のメッセージが寄せられました。

メイン企画は“憲法おじさん”日下部恭久さん(前福岡市職労委員長)による「憲法の話」。マンガや芸能人の言動など身近なところから話していただき、参加者から「9条についての認識を深めることができた」「わかりやすかった。紹介されていた漫画や本を読んでみたい」など感想が出されました。

講演後の分科会では、被爆者の話を聞いたり、憲法9条や青年雇用、貧困問題など10のテーマで、高校生や学生、各団体の青年が班をつくり意見交流。「色々な人たちと運動の交流ができてよかった」「被爆者の人たちの話を今後も聞きたい」などの声が出ました。夜は班でご飯をつくり、ゲームやエイサー、カチャ―シーなどで交流を深めました。

実行委員会では、今回から地域ごとに「会」をつくり、とりくみをすすめてきました。平和運動を年間を通してつづけていこうとはりきっています。


「集団自決」検定意見の撤回、記述回復を――沖縄から国会へ要請団
東京(2007/10/15)

沖縄戦の「集団自決」を日本軍が強制したとする記述が教科書検定で削除された問題で、9月29日におこなわれた県民大会をうけて、実行委員会団体や超党派の地方議員などでつくる167人の要請団が15、16の両日、東京を訪れました。要請団は首相官邸や文部科学省、政党、全国会議員、教科書出版会社をまわり、検定意見の撤回と軍の強制・関与記述の回復などをもとめました。

15日には沖縄県人会と「首都圏の会」が集会をひらき、約650人が参加。自民党をのぞく各党から国会議員が出席しました。日本共産党の市田忠義書記局長は、「県民集会で11万人の地鳴りのような叫びと怒りを感じた」とあいさつ。「力をあわせて検定意見の撤回と記述の回復を実現するまで全力でたたかいたい」と表明しました。沖縄からの参加者の発言につづき、三鷹市、鎌倉市、国立市など、検定意見の撤回をもとめる意見書を決議した自治体からの参加者がとりくみを報告し、連帯をよびかけました。

青年の思いを伝えたい

民青同盟沖縄県委員会からは、前田大地副委員長が「歴史の真実は消せない」と書いた横断幕を持って参加。中城(なかぐすく)村の村長らとともに国会議員要請をおこないました。

「県民大会に学生や高校生からお年寄りまで結集しているのが印象的だった」という前田さんは、「沖縄ではだれもが家族や親戚を戦争で亡くしていて、歴史わい曲は許せないということはみんなが一致する。県民の代表として、若い人がちゃんと考えているんだということを伝えたかった」といいます。「政府は、早くほとぼりが冷めればいいと思っているかもしれないけど、あくまで検定意見撤回、記述回復まで、県民は運動を止めない。これから署名をどんどん集めて国会に届けるし、全国と連帯してうねりをひろげたい」


諏訪湖を歩いて平和をアピール――平和友好祭を開催
長野(2007/10/13〜14)

長野県の民青同盟と教職員組合青年部でつくる実行委員会は13、14日の両日、平和友好祭をおこないました。1日目は元アメリカ海兵隊員のアレン・ネルソンさんが講演。ベトナム戦争での経験や、海兵隊での異常な訓練のことを話し、「戦争とは映画のようなかっこいいものではない。日本の憲法9条は、世界の平和をつくるためにも大切なもの。ぜひ守ってほしい」とよびかけました。講演を聞いた参加者たちは「憲法9条の大切さを実感した」「戦争がどういうものなのかを真剣に考えた。仲間をふやして社会をかえることが自分にできることだと思う」など、これからの平和運動にむけた決意が高まりました。

2日目は諏訪湖のまわりを「憲法9条を守ろう。平和への一歩をふみだそう」と書いた横断幕をもって一周。ハンドマイクで「平和な社会をいっしょにつくりましょう」「憲法9条を守りましょう」とうったえると、観光に訪れていた家族連れや若い人たちが手を振ってこたえました。


クイズで平和を学習・交流――「ピースジャム」に65人
熊本(2007/10/13〜14)

「2007 ピースジャムくまもと」が13、14の両日に開催され、昨年を大きく上回る65人が集まりました。初日は地元の戦争体験者に、当時の実体験や、戦争は二度と起こさせてはいけないという思いを聞きました。また、教育基本法や国民投票法、憲法改正など、平和・憲法をめぐる問題についてクイズで学びました。

グループトークでは、「保育園でボランティアをしているんだけど、子どもたちがすごい管理されている。親の責任だと思っていたけど、教育基本法の改正で国がそういう体制をつくっているとわかった」「ニュースはむずかしいし、おもしろくないからあまり見ないけど、重要なことを見すごしていた」など感想交流。夜はバーベキューや音楽、ダンスで楽しみました。

翌日は、一人ひとりが画用紙に平和のメッセージを書き、記念撮影する「メモリアルピースアルバム」。報告集にのせてみんなに配る予定です。参加者は、「学んだことをみんなに伝えていきたい。自分たちが発信することが大事」「戦争しないためにどうするか、こたえはでなかったけど、話しあえてよかった」など、決意や感想を話しています。


来年の夏にらみ、毎月行動しよう――折り鶴宣伝を実施

――和歌山(2007/9/30)

民青同盟和歌山県委員会は県の原水協と協力し、9月30日に和歌山駅前で核兵器廃絶の署名と折り鶴をよびかける宣伝をおこないました。青年6人をふくむ十数人でとりくみ、1時間で73羽の折り鶴が集まりました。「平和のための折り鶴を集めているんです」とよびかけると、お年寄りから若い人まで気軽に応じてくれ、「折り方を教えてほしい」とよってくる青年も。和歌山市の原水協では、世界大会の報告会で、来年の世界大会に向けて毎月行動をすることを決め、今回の宣伝となりました。今後は日本をかえるネットのメンバーにもよびかけ、被爆者の話を聞く企画などをおこなっていく予定です。


「歴史の事実をゆがめるな」と11万人が参加――「集団自決」検定撤回求める沖縄県民大会

――沖縄(2007/9/29)

文部科学省の高校歴史教科書検定で、沖縄戦における「集団自決(強制集団死)」の日本軍強制の記述が削除・修正されたことに抗議し、検定意見の撤回をもとめる沖縄県民大会が9月29日、宜野湾海浜公園でひらかれました。目標を大きく上回る11万人を超える人びとが参加、会場周辺は入りきれない人であふれかえりました。宮古・八重山での郡民大会をふくめると11万6千人となり、1995年の米兵による少女暴行事件に抗議する大会を上回る復帰後最大の大会となり、日本政府に大きな衝撃を与えました。

渡嘉敷島の「集団自決」の生き残りである吉川嘉勝さんは「軍隊の弾薬、手りゅう弾が民間人に渡らなければ『集団自決』は決行されない。手りゅう弾は日本軍から渡された。『いざというときはこれで自決せよ』と」と、みずからのつらい体験を語り、軍の強制があった事実をうったえました。

高校生がうったえ

会場には、部活を切り上げユニフォーム姿で参加した高校生や、参加者にマイクを向ける放送部員など、多くの若い世代も参加して、壇上からのうったえに真剣に耳をかたむけました。若い世代を代表して、読谷高校の津嘉山拡大さんと照屋奈津美さんが壇上からうったえました。津嘉山さんは、「この記述をなくそうとしている人たちは、沖縄戦を体験したおじいやおばあがうそをついているというのか」と怒りを表明。照屋さんは「わたしは高校の日本史の教師になりたい。このまま検定意見が通れば、わたしは事実ではないことを教えなければならない。教科書のたった一文、たった一言かもしれないが、その中には失われた命と、二度と戦争を繰り返してはいけないという県民の思いがある」と語りました。2人は最後に「うそを真実といわないでほしい。あの醜い戦争を美化しないでほしい。たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい」と声をそろえ、満場の拍手を受けました。

だまってられない

大会後、沖縄市の上原毅さん(仮名・31歳)は「いまの政府のうごきにたいして、だまってはいられないと参加した。来るときの路線バスも会場もいっぱいでおどろいた。このエネルギーがあれば政府をうごかせると思う」、また高校2年の平良綾香さん(仮名)は「こんなにも多くの人が同じ思いで集まっていると思うとおどろきました。おじい、おばあが本当は思い出したくない戦争を、涙ながらに話してくれた本当のことを、わたしたちは敬意を払って学び、真実を伝えていかないといけないと思う」と感想を語りました。

全国の青年のみなさん、みなさんの住んでいる地域で、議会での意見書採択をもとめるなどのとりくみや、署名やカンパ、そして要請行動への支援などの運動をひろげてください。よろしくお願いします。


「パッチギ」する勇気もらった!――ピースエッグに150人

――大阪(2007/9/22〜24)

「ターニングポイント〜ここがキッカケ〜」をメインテーマにした「ピースエッグ2007in大阪」(主催・日本平和委員会、同大阪実行委員会)が9月22日から24日の日程で開催され、27都道府県から約150人が参加しました。

「すべての壁を『パッチギ』や!!」と題したメイン企画(写真)で、映画監督の井筒和幸さんは「社会にたよらずに、どんどん外に飛びだして自分でいろいろとやってみたらいい」と会場の青年たちに語りました。監督の熱いメッセージは、自分のなかの壁を「パッチギ」(ハングル語で突き破る、乗り越えるの意味)する勇気を、多くの参加者にあたえました。2日目の午前は、【1】忘れたらアカン!大阪空襲【2】在日コリアン【3】憲法診断【4】原爆被害【5】現代の戦場から考える戦争と平和【6】平和運動入門の6つのテーマで分科会がおこなわれました。

ある大阪の青年からは「ただ学ぶだけでなく、伝えることができる自分を見つけることができた」という感想がよせられました。また「平和活動することの意味を見失いがちになっていた」という徳島の青年は、グループトークなどで他の参加者と交流するなかで「自分を見つめ直し、心のなかにふたたび思いがわきあがってきたので、これからの活動への道を見つけることができた」と感想文に記しています。


「あなたにとって平和って?」――ピースジャム実委発足

――新潟(2007/9/15)

新潟の青年有志が12月に平和企画「ピースジャム」をやろうと、9月15日に第一回実行委員会をおこないました。実行委員会ではまず、被爆者284人の証言を集めたCD「ヒロシマ・ナガサキ 私たちは忘れない」をみんなで聞きました。このCDは、原爆が落とされる前日8月5日から広島・長崎に原爆が落とされた日までのようすを短い証言でつづったもの。参加者たちは「日常が原爆によって地獄絵図にかわった様子がよくわかった」「世界大会でも被爆者の話を聞いた。核兵器廃絶の思いを継承していけるようなピースジャムにしたい」など、感想を交流しました。また、「ピースジャムはいろいろな人に気軽に参加してもらえるようにしたい。平和を考えるきっかけになれば」「憲法9条を考える企画ははずせない」「ダンスや手話合唱でもりあげたい」など当日にむけた思いも話しあわれ、ことしのテーマを「憲法施行60年 一緒に考えよう、あなたにとって平和ってなに?」とすることが決まりました。

会議後は駅前で憲法9条についてシール投票をおこない20人と対話。「9条はこのままでいい」「戦争はぜったいにだめ」などの思いがよせられました。実行委員会では「9条への関心が高まっている。ピースジャム当日にむけて、準備も宣伝もがんばっていこう」とはりきっています。


平和について考え、アピールした――「ピースジャム」を開催

――京都(2007/9/9)

京都府内の青年・学生が実行委員会をつくり、9月9日、核兵器廃絶や憲法9条改悪反対などをアピールする企画「ピースジャムin京都」を開催しました。

企画は2部構成で、第1部として07年原水爆禁止世界大会に参加した青年たちからの報告とパネルディスカッションをおこない、第2部は、鴨川三条河川敷でピースキャンドルをおこないました。

パネルディスカッションでは、大学生、医療従事者、公務員、弁護士の4人がパネリストをつとめました。「戦争になったとき、赤紙を送るのは自分たち自治体労働者。自分たちにとっての戦争の意味を考えたい」(公務員)、「医療と戦争は真逆のもの。軍事大国化の道をすすめば、いちばん削られるのは福祉。まわりの職員にもうったえていきたい」(医療従事者)など、各々の立場から平和をどう考えるのか、自分たちの職場や団体でどういう平和のとりくみをやってきたのか、などが話されました。

場所を移しておこなわれたピースキャンドルには、160人が参加。約700個のコップで、ハートマークのなかに憲法9条にちなんだ「9」をかたちづくって点灯させ、みんなで歌をうたいました。キャンドルは橋の上からも注目され、集まってくる青年たちも。

はじめて参加した女子学生は、「すごくきれいだった。むずかしいことをやるんじゃなくて、いろんな人が集まって語りあいながら、こういうかたちで平和をアピールできるのはいいですね」と話していました。


「気軽に楽しく憲法のとりくみを」――「青年九条の会」を結成

――滋賀(2007/9/9)

滋賀県大津市に住む青年たちが9日、「大津青年九条の会」を結成。「気軽に自由に楽しくやろう」と結成の日には6人が集まり、市内のカフェでケーキを食べながら、楽しく語りあいました。

これからの活動内容として、この間発行してきたメールニュースをつづけながら、ニュース読者をひろげていこうと確認。その他にも、「カフェで平和を語るつどいをしよう」「路上で平和をキーワードにしたポストカードをつくろう」「自分たちオリジナルのグッズをつくりたい」「街頭宣伝で映像を流そう」など、みんながやりたいことをだしあいました。最後に、事務局長など役割分担を決めて終了。参加者たちは「年内にまずひとつは企画をやろう」とはりきっています。


平和の思い、できるところから――平和ユースキャンプを開催

――北海道(2007/9/8〜9)

9月8、9日に民青同盟北海道委員会、北海道平和委員会青年協、北海道民主商工会青年部などの団体が平和ユースキャンプを開催しました。平和友好祭を引き継いだ企画で5年ぶりの開催。開催にあたり上田文雄札幌市長、道労連青年協の野村昌宏議長からのメッセージや夏の参議院選挙に立候補したはたやま和也日本共産党候補、小川勝也参議院議員、山口たか社民党候補から平和・憲法に関するアンケートの回答が寄せられました。

1日目は原水爆禁止世界大会や矢臼別平和盆踊り、反核平和自転車リレーなどの道内外での平和活動の報告。2日目は分科会で、憲法改悪反対共同センターの大地巖さんを講師とする「憲法入門」と元自衛官を講師としたしゃべり場がひらかれました。最後には、今回の合言葉「ナイスナイン」をあいうえお作文で表現。「1日1回憲法の話」「なんとイージス艦1隻千2百億円」など発表しました。別の班は「涙そうそう」に平和の歌詞をあてる替え歌を披露しました。

閉会式では民青同盟の安部智行副委員長が「すぐに宣伝などにとりくまなくても、平和のことをまわりの友人などと話しあうところからはじめていこう」とよびかけました。参加した学生は「自分は平和や憲法のことを知らないと思ったし、勉強になった」と充実した顔で語っていました。


侵略戦争の正当化を許さず、憲法9条を守ろう――終戦62周年街頭演説

――東京(2007/8/15)

終戦から62年となる8月15日、日本民主青年同盟と日本共産党中央委員会は、東京・新宿駅東口で記念街頭演説をおこないました。民青同盟からは姫井二郎中央委員長が街頭演説にたちました。

姫井委員長は、8月7日におこなわれた「継承から発信へ――核兵器なくそう 世界青年のつどい2007inナガサキ」に、日本、韓国、中国、アメリカ、フランスなど2千人の若者が集うなど、戦争や核兵器の被害の実相を受け継ぎ、憲法9条を守り世界にひろげようという輪がひろがっていることを紹介。「侵略戦争のあやまちを反省し、二度と戦争はしない、そのための軍隊はもたないと世界に誓った憲法9条を守るために、力をあわせましょう」とうったえました。

日本共産党の山下芳生参議院議員は、アメリカの下院が「従軍慰安婦」を否定する安倍首相に謝罪すべきだとの決議を上げたことを紹介し、「自民党が歴史的大敗をした参院選は歴史的一歩。歴史をゆがめ、世界で友人を失う日本外交の誤りをただしましょう」とのべました。


核兵器廃絶と平和をうったえて――「諏訪湖一周平和行動」

――長野(2007/8/5)

長野の諏訪地域班は、広島に原爆が投下された前日となる8月5日、諏訪湖を一周しながら核兵器廃絶と平和をうったえようと、「諏訪湖一周平和行動」をおこないました。約17キロの道のりを10人の青年たちが歩きました。

「平和行動」では、のぼりをもって歩くとともに、ところどころで“原爆投下しょうがない!?”“憲法9条守るべき!?”を問うシール投票で対話をしながら、「すみやかな核兵器の廃絶のために」の署名を集めました。「私も憲法9条を守るべきだと思う」「原爆投下がしょうがないなんて、政治家失格」など対話がはずみ、原水爆禁止世界大会へ参加することを伝えると「がんばってきてください」と激励されるなど、約20人と対話をすることができました。参加者は、「たいへんなとりくみだったけどやりとげられてうれしい」「シール投票の対話がおもしろかった。もっと対話して平和の思いをひろげていきたい」と話していました。


くり返さないためには反省が必要――アウシュビッツ報告会

――北海道(2007/7/22)

北海道の豊平チキン班は7月22日、札幌市内で報告会「若者が見た戦争の傷跡――60年後のアウシュビッツを訪ねて」をひらき、学生など25人が参加しました。3人の学生が、大学のゼミの研修で訪れたアウシュビッツ強制収容所のようすを、収容者から刈り取った頭髪の山などの写真をまじえて報告しました。

北沢健次郎さん(3年生・仮名)は、「第2次大戦後のイタリア――責任という問題」と題して、イタリアのユダヤ人虐殺問題への姿勢を、日本政府の戦争責任への態度と重ねて報告。「戦争を反省していくことが、こうした事態をうみださないために重要だということを学んだ」と発言しました。


イラクの現状を知って「戦争あかん!」――班活動交流会を開催

――大阪(2007/7/21)

大阪・吹田摂津地区委員会は7月21日、班活動交流会を開催し、10人が参加しました。交流会では、イラクの子どもを救う会の代表をしている西谷文和さんが取材・作製したDVD「戦争あかん2」を見て、平和への思いを交流しました。「イラクの現状を映像で見て、戦争というものがどういうものなのかがリアルにわかった。こんな現実を見たら、普通の人間やったら戦争をしたいとは思わないはずや」「安倍首相などが過去の日本の戦争を正当化しようとしているけど、こういう事実を知ったら戦争は仕方ないなんて絶対にいえない」「やっぱり戦争をしようという人は許せないし、とめられるのは日本の憲法9条しかないんちゃうか。だから9条をかえさせたくないし、もっと世界にひろげていきたい」など話しあい、平和への決意をあらたにしました。


折り鶴に平和への思いをこめて――CCE班が折り鶴宣伝

――千葉(2007/7/21)

千葉県南部地域のCCE班では、長崎で開催される原水爆禁止世界大会に向けて、街頭で折り鶴を折ってもらうとりくみを1年間つづけています。昨年の広島大会に参加したメンバーが「平和のとりくみの輪をもっとひろげたい」と話しあったことがきっかけ。これまで、月1度のペースでとりくみ、現在1400羽以上が集まっています。

7月には地域内の市原市が主催する平和祈念企画の会場内でも集めるなどとりくみをつよめています。21日は木更津駅前で宣伝。2時間で100羽ほどの折り鶴が寄せられました。「核兵器をなくすために、鶴を折っているんだ」とよびかけると、高校生などが「おもしろそう、折っていこうよ」と協力してくれます。鶴を折りながら憲法9条のことなどを話すと、「戦争する国になっちゃうのはイヤだ」「好きな人が戦争に行くことになったら悲しい」と話になります。

世界大会への参加ツアー「ピース☆バス☆チバ」の実行委員をしている安川和志さん(仮名)は、「去年の世界大会に参加して、一人ががんばるんじゃなくて、みんなが連帯してがんばるのが大事だと学んだ。“平和がいいな”という思いはだれの心のなかにもあるけど、それを形にするきっかけはなかなかない。折り鶴はそのきっかけづくりになったと思う」と話しています。


やんばるの森に基地はいらない――ヘリパッド建設強行に抗議の座り込み

――沖縄(2007/7/3)

沖縄本島北部への米軍のヘリパッド建設が、7月3日未明から強行され、現地では県民の抗議の座り込み、監視行動が24時間体制でつづいています。

現在6カ所のヘリパッドが建設されようとしているのは、ヤンバルクイナやノグチゲラなどの天然記念物が生息するやんばるの森。完成すれば、米軍が配備を計画しているオスプレイをはじめ、ヘリがとびかい、住民は爆音と墜落の危険にさらされます。また県民の水がめであるダム近くにあり、県民の生活と命に重大な影響となります。

民青同盟沖縄県委員会では、「絶対にこのような基地建設の強行を許せない」と、連日、支援の行動をおこなっています。7月9日早朝には、進入しようとした業者のトラックを寸前で追い返しました。16日の深夜には建設業者の作業トレーラーがあらわれ、作業員が闇夜に紛れて予定地に入り込むなど、夜通しのせめぎあいがつづきました。

19日には沖縄県統一連として、工事の強行を那覇防衛施設局に抗議し、小松直幸民青同盟県委員長が「この間、施設局の職員はまったく姿を現さないで業者に強行させている。これが『住民の理解を得てすすめる』というやり方なのか」と追及しましたが、まったくこたえませんでした。

座り込みに参加した天久笑さんは、「闇夜に紛れてくるなんて自信がない証拠。貴重な自然を守るためにも、ヘリパッドは絶対に建設させたくない。現地の状況を伝えて、一人でも多くの仲間に来てほしい」とうったえています。現地住民からは座り込みのほか、監視行動のために仕事ができない住民の畑の援農隊などがよびかけられています。全国からのご支援もよろしくお願いします。


「長くつづく心と体の傷が印象に」――学生・高校生が原爆写真展

――北海道(2007/6/24)

札幌の学生・青年が中心になってつくる「原水爆禁止世界大会北海道高校生学生ツアー」は6月24日、札幌市内で「今も生きてる原爆被害」写真展をひらきました。

同写真展では、原爆被害の写真とともに、原水爆禁止世界大会や原爆訴訟の座り込みに参加した経験などを模造紙にまとめて展示。学生のグループなど約50人が訪れ、「おりづる21万羽プロジェクト」(※)にむけてよびかけた折り鶴は約100羽が集まりました。

会場では被爆者の話を聞く会も。「『子どもになにかあったら自分のせいではないか』など、戦後もずっと不安を抱えていた」という女性の話に、「心の傷はずっとつづくし、次の世代にも影響があるんだということに印象に残った」などの感想がだされました。アジアからの留学生は「学校で習っていたが、写真は初めてでおどろいた」と話していました。

ツアー実行委員の山本耕さん(21歳、学生)は、「核兵器廃絶は、一つの兵器の問題ではなく、世界から武器をなくして平和をつくるとりくみ。北海道からも運動をひろげていきたい」と話しています。

※1945年、広島と長崎に原爆が投下され、その年の暮れまでに亡くなった被爆者は21万人。この数を少しでもリアルに受けとめようと原水爆禁止世界大会の開催中におこなわれる「核兵器なくそう〜世界青年のつどい」の実行委員会が全国で21万羽の折り鶴を集めようとよびかけたとりくみ。


「核兵器なくせ」の思いととりくみを交流――原水爆禁止四国大会を開催

――愛媛(2007/5/19)

「原水爆禁止四国大会in愛媛」が5月19日、20日の日程でおこなわれ、2日目には青年の交流会がひらかれました。交流会は民青同盟愛媛県委員会が主催したもので、四国4県から参加した25人の青年が自己紹介や活動報告をしました。
 徳島県の「ピースアクション」の青年は、昨年10月に日本原水協がおこなった核兵器廃絶をもとめる国連要請・平和運動交流団に参加したことを報告。高知県の「ピースパイオニアーズ」の青年たちは、原水爆禁止世界大会参加者の感想を報告集としてまとめた「広島からの手紙」を紹介しました。

愛媛県から参加した青年たちは、「えひめ丸事件」(※)を考える集いを開催したことを報告。愛媛大学の学生など幅ひろい人が参加する実行委員会で成功させた努力などについて語りました。

香川県の青年のギター演奏で「ヒロシマのある国で」など3曲をみんなで歌い、各グループで質疑応答や活動の交流をしました。

※えひめ丸事件…2001年2月に県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が米原潜に沈没させられた事件。


改憲手続き法案ゼッタイ反対!――怒りの大集会に5000人

――中央(2007/4/12)

 東京・日比谷野外音楽堂で12日、「STOP!改憲手続き法案4・12大集会」がひらかれ、約5千人が「強行採決許せない」「ゼッタイ廃案するまでたたかおう」の声をあげました。当日18時すぎに自民・公明両党が、衆院憲法調査特別委員会で法案を強行採決したことが報告されると、場内からは怒りの声があがりました。集会では主催者を代表して「5・3憲法集会」実行委員会の高田健さんがあいさつ。政党からは日本共産党の志位和夫委員長と社民党の福島瑞穂党首が国会報告をしました。スピーチでは詩人のアーサー・ビナードさんが「憲法9条は超一流品。与党の三流品にかえてはいけない」とうったえました。集会後、参加者は国会にむけてデモ行進し、「9条改悪反対」「法案を廃案に」とアピール。ネットで知って飛び入りで参加したという相川正志さん(22歳フリーター、仮名)は、「憲法改悪が知らないうちに決められてしまうなんて許せない。昼間には座り込みにも参加した。これからもみんなにひろげていきたい」と話しました。


貴重な自然に基地はいらない!――なは班が東村・高江ツアー

――沖縄(2007/3/3)

沖縄・なは班は3月3日、米軍のヘリパット(ヘリ着地点)建設が予定されている、沖縄本島北部の東村・高江のフィールドワークをおこない、11人が参加しました。

高江地域は米軍の訓練場から近く、戦後60年以上、早朝から遅いときには夜11時ごろまで、ヘリなどの爆音に苦しめられています。住民の方は「みんな静かに暮らしていきたいだけ。その願いすらも、政府は聞こうとしない。ヘリパットは絶対につくらせたくないし、訓練もやめてほしい」と語りました。

参加者は、フィールドワークのあと、森のなかにあるカフェで交流。「訓練がおこなわれているところが県道のすぐそばでびっくり。すぐそばに、子どもたちもくらしているのに」「ヘリパットをつくるのも私たちの税金。北部では財政難だからと診療所も閉鎖されるのに、人殺しの計画にはお金を出すなんて」「はじめてこんなに自然が豊かなところにきた。この自然を奪われないためにどうしたらいいのか考えていきたい」などの感想を交流。新たな基地建設を許さないとりくみをひろげる決意をかためました。


日中韓の青年と全国の運動を交流――青年フォーラムに150人

――静岡(2007/2/28)

「3・1ビキニデー集会」が2月27日から3月1日まで、静岡・焼津の両市でひらかれました。2月28日には関連企画として青年フォーラム「私たちの継承〜非核のアジアと世界をめざして」がおこなわれ、全国から150人が参加しました。

参加者たちは「昨年から被爆者からの聞きとり、集団訴訟の支援、写真展、講演会などにとりくんできた」(北海道)、「昨年の世界大会に40人が参加し、夏だけのとりくみにするまいと毎月折り鶴宣伝。これまで9回おこない、1800羽を集め、500人と対話した」(千葉)など全国の運動を交流。つづくパネルディスカッションでは、パネリストのアン・チョンさん(韓国)、シェン・ファンさん(中国)、布施祐仁さん(日本)が、日中韓それぞれの青年がいまのアジア情勢をどうみているのか、また核兵器廃絶のためにどんな努力が大事なのかについて報告しました。参加者から「地元に帰ってこんなことやりたい」「全国のとりくみに励まされた」などの感想がよせられました。また、フォーラムにつづいて現地実行委員会による青年交流集会「平和でナイト」がおこなわれました。


「平和だからこそ歌える!」――ピースコンサートに121人

――埼玉(2007/2/12)

Love&Peaceコンサート「届け響け平和の音――one heart music〜音楽で心がひとつになる〜」が2月12日、埼玉県深谷市でおこなわれました。主催は埼玉北部地域の保育士を中心とした同実行委員会。青年をはじめ、保育園にかよう子どもやお母さんたちもたくさん集まり、会場いっぱいの121人が参加しました。

冒頭、実行委員会の青年たちが自分たちでつくったピースメッセージを群読。和太鼓やギターソロの演奏、バンドや弾き語りなど、さまざまなジャンルで活動する青年たちが次つぎと登場。会場は歌や音色でつつみこまれました。フィナーレでは平和の歌を覚えて帰ろうと、「青い空は」と「折鶴」の2曲をみんなで歌いました。

参加者からは「ピースメッセージ群読のところから、感動してちょっと泣きそうになった。この公演を世界中の人に見て、聞いてほしいと思った」「平和だからこそ、歌い、踊り、コンサートができる!日本の誇り、世界の宝、憲法9条を守るために、ともにがんばりましょう!」など、たくさんの感想がよせられました。


「自分にできること考えさせられた」――被爆者支援の集会に150人参加

――神奈川(2007/1/26)

「ピースボイス!ピースミュージック!〜被爆者の願いを継承するライブ&トーク〜」が1月26日、かなっくホールでおこなわれ、青年や被爆者、支援者ら150人が集まりました。この集会は、神奈川の被爆者たちが政府を相手どって起こした原爆症認定をもとめる裁判を応援する青年の会「Peace!Peace!Peace!」が主催したものです。

集会では肥田舜太郎医師が90歳の高齢をおして講演。自身の被爆体験や被爆直後から診察をおこなってきたことにふれながら、「核兵器は他人事ではない」とうったえました。 その後はジャズシンガーの形岡七恵さんと原爆症認定かながわ集団訴訟にかかわる弁護士たちで結成された「歌う9条の会バンド」のライブ。参加者からは、「参加する前は『被爆者のため』という気持ちがつよかった。でも、『日本に住む自分たち、放射能に苦しむ他の国の人たちのためでもあるということを考えることが、被爆者の願いを継承することへの一歩なのではないか』と意識がかわった」などの感想が寄せられました。


「安全のために小学生がタクシー通学!?」――日米合同演習場を見学

――熊本(2007/1/20)

熊本県山都町の大矢野原演習場では1月29日から日米合同演習がおこなわれています。民青同盟熊本県委員会は、1月20日に、地元の平和委員会の案内で演習場内を見学しました。

演習場内は自衛隊の車とテントがずらっとならんだ、物々しい雰囲気。米兵の宿舎は、小学生の通学路となる町道をはさんで建っているので、演習中は町が用意したタクシーで遠回りして通学するといいます。参加者は「警察が演習場に入らんように見張っとっけど、米軍が出てこんように見張るのがスジだろ〜」「映画『硫黄島からの手紙』で見た宿営地そのもの。日本にはいつでも戦争できる設備がととのってるんだ」と感想を話し、28日におこなわれた合同演習反対集会に参加しました。


【2004年】

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