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学習のページ ■「九条の会」事務局の小森先生の話を紹介します。(「われら高校生」に連載)
■ 第1回 憲法から、自衛隊のイラク派兵を考える ■ ■はじめに ■憲法問題を考えていく上でみなさんに大切にしてほしいことがあります。それは、日々起こっている出来事、世界で起きている事件を日本国憲法の立場からいつも考えてみるということです。ですから、憲法を片手にどんなことが書かれているのかを読みながら、現実に起きている出来事について考えてもらいたいと思います。 はじめにみなさんに、憲法のもっとも基本的な性格を確認するふたつの質問をしたいと思います。 (1)「憲法というのはこの国の最高法規ですか?」 (2)「憲法は国民が守らなければいけないことが書かれている最高法規ですか?」 みなさんはどう答えましたか。答えは、憲法は日本の最高法規です。しかし、憲法を守らなければいけないのは国家権力です。私たち、主権者である国民が国家権力にしばりをかけるための最高法規が憲法なのです。第9条は一番つよいしばりです。 それでは、イラク戦争は憲法にてらしてどうかを考えてみます。 ■憲法違反のイラク派兵、そのねらいは ■元自民党の国会議員で防衛族のドンといわれ、郵政大臣までつとめた箕輪登さんが、ことしの1月に小泉政権の自衛隊派兵差し止め訴訟をおこしました。イラクへの自衛隊派兵は憲法にも自衛隊法にも、イラク特措法にも違反している=A国民の平和的生存権を侵している≠ニ訴えたのです。 憲法9条には、第1項で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」、第2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と書かれています。 現在、自衛隊はイラクに重装備を持って行っていますが、9条の第1項があるので、武力による威嚇、行使はできません。ただ一つ認められるのが、正当防衛に対してです。 しかし、イラクの自衛隊に正当防衛の権利があるのかという問題があります。国際法上は、他国に占領又は軍事的支配を受けている国の人たちは、抵抗する権利が認められています。イラクの人たちにとって、自衛隊は他国の軍隊ですから、何らかの抵抗を行う権利があります。イラクの自衛隊員には正当防衛権はないのです。 もし、イラクの武装勢力の攻撃に、自衛隊が反撃した場合、9条の第1項の「武力による威嚇又は、武力の行使…を放棄する」という条項がやぶられてしまうのです。そして、第2項で「認めない」としている「交戦権」を結果的に行使してしまうことになります。 イラクの自衛隊が武力行使をすることで9条を無効にする=\―このねらいが自衛隊の派兵にかくれていることを私たちは知っておく必要があります。 ■前文と9条が結びついてできた「平和生存権」 ■憲法では、前文と9条がむすびつくことによって、国民が平和のもとに生きる権利(平和的生存権)を保証しています。自衛隊のイラク派兵はこの権利もおびやかしています。 前文のはじめには、「政府の行為によって、再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とあります。戦前の大日本帝国憲法では主権者は天皇ですから、国家の主権、他のなにものによっても侵されてはならない統率権を発動するもの(国権の発動)としての戦争は、天皇によってはじめられ、天皇によってしか終わることができなかった。国民(当時は臣民)が「戦争はイヤだ」と思っても、天皇の一声で戦争に巻きこまれてしまうのです。 しかし、いまの憲法は9条で「国権の発動たる戦争」を「放棄」していますから、前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないようにすることを決意し」ということを裏付けているわけです。国家が戦争を放棄してはじめて、国民は平和のもとに暮らせ、主権者としての基本的人権のもっとも大切な、自分の生命や生活が侵害されない権利を有することが可能になるのです。 世界には、国民主権の国はたくさんありますが、政府が戦争をやめないために危険の中に身をさらされている国もたくさんあります。 スペインでは、列車がテロ攻撃によって爆破され多くの罪のない人が犠牲になりました。そして、イラクにスペイン軍を出兵しているから、テロ攻撃にさらされたことが明らかになると国民は総選挙によってスペイン軍のイラクからの撤兵を公約した野党に投票し、平和的政府をえらびイラクからの撤兵を実現したのです。 スペインの憲法には、日本の9条がありません。だから、選挙という間接的方法でしか戦争か平和かという決定にかかわれなかったのです。しかし、9条をもつ日本には人権として、平和的生存権があるのです。 私たちは、平和的生存権が侵害されているのですから、政府にたいしてただちに撤兵を求めていく権利が保障されているのです。 ■ 第2回 憲法9条を歴史の中でとらえる ■ ■国際法と平和主義の思想 ■憲法9条の考え方は、第1次世界大戦から、第2次世界大戦にかけての国際法と平和主義の思想ととても深く関係しています。 第1次世界大戦が終わって9年後の1928年に、フランスのブリアン外務大臣がアメリカのケロッグ国務長官に手紙を書いています。第1次世界大戦は、フランス、イギリスを中心とした連合軍とドイツとのあいだでおこなわれた戦争で、ヨーロッパに住むすべての人びとが戦火に巻きこまれた戦争でした。そして、アメリカが参戦し、連合軍の勝利で終戦をむかえます。 ブリアンの手紙は、「アメリカが参戦してくれたおかげで第1次世界大戦は終結しました。これはアメリカに感謝しないといけないことだと思います。その感謝の気持ちをこめて私個人としては、アメリカとフランスは未来永劫どんなもめ事がおきてもそれを武力で解決するのはよしたほうがいいと思います。もめ事が起こったら最後まで平和的手段で(話しあいや会議、討論で)それを解決したいものですね」という内容でした。 この手紙を受け取ったケロッグは、この手紙の中身は非常に大事だと感動します。そして、これは個人対個人の問題にしておくことはもったいない≠ニ、この手紙を世界に公開して、フランスとアメリカだけの約束でなく、他の国もふくめた「戦争をしない」という約束ごとをつくろうと考えたのです。 ■世界の平和の思いがむすばれた憲法9条 ■ブリアンとケロッグは、この話を第1次世界大戦のあとにできた国際連盟にもちこみます。そして、1928年に、みなさんの教科書では「パリ不戦条約」、「パリ条約」などと書かれているブリアン・ケロッグ条約がむすばれます。 戦争をすることはもうやめよう、国際紛争は話しあいで解決しようというこの条約を世界の国ぐにがむすんだのです。1928年に世界にあった国は、70カ国くらいです。そのうちの62カ国が調印、批准したのです。残りの8カ国は南アメリカの諸国で、すこし遅れて1933年にラテンアメリカ不戦条約に調印しました。1933年には世界のすべての国ぐにが不戦条約に調印したということです。 この不戦条約で約束したのは、これから先どんなもめ事が起きても戦争は放棄するということでした。そして、もめ事が起こっても最後まで平和的手段で、会議、討論で解決しましょうと約束したのです。これは武力行使をしない、交戦権はもたないと決めた憲法9条の中身に通じるものです。憲法9条はこの1928年から1933年にかけて、世界の国ぐにがむすんだ不戦条約の中身をうけついだものなのです。 当時の日本は国際連盟の常任理事国でしたから、大日本帝国憲法のもとでも外務省が世界の各国にこの条約を結んでくださいと働きかけたわけです。ということは、いまの憲法9条の精神は、日本がもともともっていた考え方だったのです。憲法9条はアメリカに押しつけられたという人がいますが、これは大ウソです。ただ、その後日本は満州事変を起こして、戦争をやってはいけないと決めた不戦条約に違反し、国際連盟から脱退してしまいます。他の常任理事国だったイタリアやドイツも脱退しました。これが、第2次世界大戦を起こすきっかけをつくった国ぐに、すなわち「枢軸国」なのです。しかし、戦後、日本は侵略戦争を反省し二度と悲惨な戦争をくり返さないと、国の最高法規である憲法で、ふたたび不戦条約の中身を世界に対しても約束したのです。 日本国憲法の前文と9条は、悲惨な戦争はもうやめようという人たちがつくり出した、100年近い歴史のうえに、人びとの願いが結実したものなのです。 ■ 第3回 9条を歴史の中でとらえ直す(上) ■ ■今回から、新しい憲法がこの国で実施されて以降のいくつかの歴史的出来事についてみていきます。歴史的出来事は見方によってその意味がかわります。一面的に、ある方向からだけみていると全体像を間違えてとらえてしまうことがあります。このことを注意して読んでほしいと思います。 ■戦争を始めたのは誰か?──戦争責任問題 ■憲法9条が憲法全体のどこに位置しているかをみてください。第1章「天皇」(第1条から第8条)のあと、第2章「戦争の放棄」ですね。どうして第1章は「天皇」なのかを考えてみましょう。第1条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と書かれています。ここが大日本帝国憲法と日本国憲法の決定的なちがいです。 1945年8月15日の正午、昭和天皇裕仁(ひろひと)は、連合国が日本に戦争をやめるよう求めたポツダム宣言を受諾(じゅだく)するという勅語(ちょくご)をラジオで読みあげて太平洋戦争が終わりました。 さてここで問題です。歴史の教科書には昭和天皇が終戦を宣言したから戦争が終わった≠ニしか書かれていません。しかし、戦争を始めなければ終戦もないはずです。では始めたのは誰なのか? 大日本帝国の唯一の主権者、天皇です。これが天皇の戦争責任問題です。 ■天皇に9条を出させて免責 ■大日本帝国憲法では天皇が主権者ですから、戦争を始めた開戦の責任は天皇にも生じてくるのです。 しかし、ポツダム宣言にもとづいて戦後の日本を支配していたアメリカの最高指令機関(GHQ)の最高指令官であるマッカーサー大元帥(げんすい)は、天皇の力を使わないと日本の戦後処理はうまくいかないと判断します。天皇が一声ポツダム宣言を受諾しますといった瞬間に、全アジアに展開していた日本軍はすべて武装解除しました。これだけの影響力を持っている権威を利用しない手はないと考えたのです。 戦争責任を問うてしまうと天皇を利用できなくなるため、象徴天皇として残し、国民を主権者にするかわりに、天皇は戦争犯罪人として裁かないという話しあいを日本の支配層とのあいだでやりとりしたのです。具体的には、天皇に第9条を出させることで、天皇の戦争責任をあいまいにしたのです。 天皇についての1条から8条を支えるために9条がある。こういう構造になっているのです。 マッカーサーは、大日本帝国憲法のもとでは絶対権力者であった天皇にみずから戦争をしない、軍隊を持たないという新憲法を出させることで、ソ連をはじめとする天皇を戦争犯罪人として裁け≠ニ主張した他の連合国の声をおさえたのです。 9条には前回お話しした、世界のほとんどの国が調印した不戦条約の考え方、日本も世界にひろげようとした思いがこめられていることはかわりません。しかし、アメリカの天皇を生き延びさせて日本をうまく支配しようという意図と、二度と戦争をしてはいけないという思いとの二つの矛盾した力が働いて憲法草案はつくられたのです。ここを学びとってほしいと思います。 ■昭和天皇とマッカーサーとのとりひき
■それでは、昭和天皇とマッカーサーはどのようなとりひきをしたのか、ここに今の日本の現実を見る大事な問題があります。 戦後のヨーロッパでは、ドイツが東西に分断されてベルリンの壁がつくられたような冷戦がすでに始まっていました。ソ連が解放したところはソ連系、そうでないところはアメリカ系というようにです。そして、その冷戦がだんだんアジアにひろがって、中国や朝鮮半島でさまざまなうごきがうまれていました。 この時、アメリカはアジアを支配していくための戦略的な位置に、日本を置こうという願望を持ちはじめます。これを昭和天皇は利用したのです。昭和天皇は、1946年に始まった東京裁判に自分がうったえられないよう、沖縄を「どうぞアメリカの基地としてお使いください」と1947年にさしだしてしまうのです。そして、冷戦が熱戦になった朝鮮戦争のなかでアメリカと単独講和条約(1951年)をむすび、本土が主権を回復したあとも、沖縄と小笠原諸島がアメリカの支配下におかれるという状況がうまれます。同時に昭和天皇の戦争責任も裁かれなかったのです。 日本列島に多くのアメリカ軍の基地が置かれる状況はそのときから始まったのです。 ■第4回 9条を歴史の中でとらえなおす(下)■ ■朝鮮戦争と防衛庁、自衛隊 ■アメリカは、朝鮮戦争のさなかの1950年に、米軍の基地を守るために、警察予備隊をつくらせます。1951年に日本が独立したその瞬間から旧日米安保条約がむすばれ、日本が自国の防衛のために最低限の兵力を持つことを要請し、アメリカは日本に再軍備を要求してきたのです。 そして、1952年には、保安隊が編成されました。さらに1954年には防衛庁と陸・海・空の自衛隊へと発展します。 しかし、1947年に「軍隊は持たない」と決めた憲法は施行されていますから、当然、日本は軍隊を持つことはできません。 当時の保守勢力の自由党と民主党も、「自衛隊は憲法9条に違反するのか?しないのか?」を憲法調査会を開き検討し「防衛庁と自衛隊は憲法違反である」と結論づけます。そして、防衛庁と自衛隊を合憲にするために、自由党と民主党は「憲法をかえよう」という立場にたちはじめるのです。 ■改憲を国民に反対され"解釈"でごまかし ■憲法の第9章、第96条には「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と書かれていますから、憲法をかえるためには、参議院と衆議院で3分の2以上の議席が必要になります。この3分の2以上を確保するために、当時の自由党、民主党が合流して1955年に自由民主党をつくったのです。それが「保守合同」です。 しかし、選挙をやってみたら衆議院でも、参議院でも3分の2以上の議席がとれませんでした。憲法を守ろうとする日本共産党や日本社会党が3分の1以上をしめていた。戦後、日本では3分の1以上の勢力が、憲法を守ってきたのです。 そして、今日にいたるまで、憲法は改悪されずにきました。もともとは、自民党自身が防衛庁と自衛隊は憲法違反といっていたわけですが、憲法をかえられるだけの力をもてなかったために「自衛隊は武力ではなくて自衛のための最低限度の実力であり合憲」と歴代の自民党内閣はいいつづけてきたのです。これが解釈改憲のはじまりです。そして憲法論戦をタブーにしてきたのは歴代の自民党政権です。 ■違憲審査を放棄してきた最高裁判所 ■しかし、政府の行っている施策や国会でつくる法律が憲法に違反しているかどうかを決めるのは政府ではなくて最高裁判所です。第6章、第81条には「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と定めています。日本の国でおこなわれているすべての法律や命令が憲法に違反するかどうかを決定するのは最高裁判所なんです。 ですから防衛庁、自衛隊ができたときから日本中のあちこちで主権者としての国民が、この法律は、この基地は、あるいは日米安全保障条約は憲法に違反しているのではないかという裁判をおこしてきました。しかし、すべては「統治権」に属する問題だと日本の最高裁判所はその判断を放棄してしまうのです。 "違憲審査権を最高裁判所が放棄する"――ここに日本で憲法がないがしろにされてきた一番の責任があります。 最高裁判所の違憲立法審査権の放棄と、「憲法に効力がない」という考え方はこういった長い戦後の歴史のなかでつくりだされてきたわけです。いま、大事なことはそこであきらめてしまうのではなくて、最高裁判所が違憲審査権を行使すること、政府は憲法を守った政治をすすめることを私たち国民が主権者としてうったえつづけることなのです。 ■第5回 21世紀の「戦争」と憲法9条の思想■ ■イラク戦争の「論理」──2国間軍事同盟と集団的自衛権 ■憲法九条の改悪がどうしていまねらわれているのか、この5年間の動きをみることによってとらえることができます。 1999年に、アメリカが戦争を始めたら日本の自衛隊が日米安全保障条約という2国間軍事同盟にもとづいて後方支援をするという「周辺事態法」が国会で成立します。 しかし、アメリカはそれに満足しませんでした。2000年には、「アーミテージ報告」が出され、日本が日米安保条約という2国間軍事同盟にもとづいて、いつでもイギリスのように集団的自衛権を行使できる国にしてもらわなければならない、という要求をしています。 なぜ、アメリカは周辺事態法では納得いかなかったのか。ここでキーワードになるのが2国間軍事同盟と集団的自衛権です。 アメリカはイギリスと2国間軍事同盟をむすんでいます。一方で、NATO(北大西洋条約機構)という軍事同盟をフランス、ドイツなどを中心とした西欧諸国とむすんでいます。また、国連にも加盟しています。 しかし、NATO加盟国であるフランスとドイツはイラク戦争につよく反対しました。そして、国連もアメリカとイギリスがイラクへの武力攻撃をすることを認めませんでした。 そこで戦争をしたい<Aメリカはどうしたかです。いまの国際法ではどんな理由があっても先制攻撃は許されていません。攻撃されることへの「防衛」しか認められていないのです。 地球儀を思い浮かべながら、イギリスとイラクの距離、アメリカとイラクの距離を考えてみてください。 イギリスは、「イラクが大量破壊兵器で45分以内に攻撃される可能性がある」ということを主張したのです。しかし、大西洋をこえたアメリカを攻撃できる大陸間弾道ミサイルをイラクがもっていないことは、世界中にあきらかになっていましたから、アメリカは「自衛」になりません。だから、アメリカはイギリスが危ないので集団的自衛権を行使するといってイラク戦争をイギリスをまきこんで始めたのです。2国間軍事同盟における集団的自衛権の行使というのはアメリカが気に入らない国を攻撃するための道具なんです。中東では、イスラエルとの2国間軍事同盟で戦争をやりつづけているのがアメリカなんです。そのためにユーラシア大陸の西側、とくに中東は20世紀の後半戦火がたえず、21世紀も無法な戦争がつづいているのです。 ■アジアの平和の流れを守る憲法9条 ■しかし、アジアではどうでしょう。ブッシュはイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」として名指しました。イラン、イラクのある中東は戦争になりました。しかし、北朝鮮問題は6カ国協議という平和的外交交渉のなかで解決しようとうごいています。 このアジアで、アメリカが武力を行使するためには、日本との2国間軍事同盟で、日本が北朝鮮に攻撃される可能性があるとして戦争ができる。これがアメリカのねらいです。そのために自衛隊を軍隊にして、つまり9条の2項を変えないと、アメリカのために共同行動できないからです。 そして、戦時において、自衛隊とアメリカ軍が共同行動するために2003年に有事法制3法がつくられました。多くの高校生も「攻撃が予想される事態までふくまれているなんてひどいじゃない」とうったえたでしょ。「攻撃が予想される事態」こそが先制攻撃をかけるための集団的自衛権の行使の口実なんです。 そして、2004年の夏、アメリカと日本が共同で戦争を始めれば、国民の人権はなくなりますという「国民保護法」などの有事関連7法が、みなさん高校生や国民の反対の声を無視して国会で強行採決されたわけです。 現時点では有事関連10法がとおり、法律面でのシステムは整いました。2国間軍事同盟にもとづいて日本が集団的自衛権を行使できる体制にするための、最後のじゃまものが「憲法9条」というわけです。 ■暴力の連鎖を断ち切るために、9条の論理を世界の共通理念に ■ですから憲法9条の問題を考えるときに、いまおこなわれているイラク戦争の問題がみえてこないといけません。アメリカがいくら集団的自衛権の行使といいわけしても、国際法で抵抗権が保証されている以上抵抗はつづき、暴力の連鎖にしかなりません。20世紀の非戦闘民まで巻き込む戦争を二度とくり返したくないという憲法9条の考え方は、アジアでは現実的に戦争をさせない抑止力として輝いているのです。 いま、アジアで起こっている解決の仕方をとるのか、中東での戦争による泥沼の連鎖をとるのかが問われているのです。憲法9条は理想だ、理念だっていう人がいますが、アジアの現実政治では憲法9条の考え方で解決の道がひらけはじめています。 憲法9条にもとづく話しあいの路線か、9条改悪による戦争路線か。この選択をまわりの友だちや知りあいにわかりやすく説明してください。
■憲法9条を守るために何が大切か■ ■憲法とはどういう法律なのか ■連載の第1回目でも話しましたが、憲法は主権者である個人としての国民が国家権力にしばりを欠ける最高法規です。国がやってはいけないことが憲法には書いてあるのです。そして、1番やってはいけないことが「国権の発動たる戦争」だと9条には書いてあるのです。 憲法の第3章には「国民の権利と義務」とありますが、義務というのはきわめて少なく、主権者である個人の人権についての条項が中心で、この個人の人権に対して国家がしてはいけないことが規定されています。日本国憲法ほど個人が国家に対してつよいしばりをかけている憲法は世界にありません。だから、世界の人たちが日本国憲法に大きな期待をよせているのです。 しかし、いま「環境権や、新しい人権についての規定がない」といって憲法をかえようとする人たちがいます。公明党は"いいことは付け加えたらいい(加憲)"といい、民主党は"いいことが書かれた新しい憲法を創ったらいい(創憲)"といっています。でも、憲法というのは、国家がやってはいけないことを規定しているのですから、今の憲法でやってはいけないと書かれていない「環境権」や「新しい人権」は、憲法をかえなくても立法で実現できるのです。それをいままでやってこずに、自民党が9条をかえようとしている今になって憲法をかえる理由にするのはおかしなことです。本当のねらいは9条をかえることだけで、あとは国民をごまかすためのいいわけだということがハッキリしています。 結局、この「加憲」や「創憲」といういい方は、自民党が憲法9条をかえようとしていることを見えなくする、隠れ蓑の役割以外の何ものでもないのです。 ■憲法9条と教育基本法 ■もう1つ、9条改悪への踏み台として、教育基本法の改悪がねらわれています。
世論調査でも、憲法9条は「かえない方がよい」が60%(2004年、朝日新聞調査)ですから、9条をかえるためには"戦争する国になっていいんだ"という世論を広範につくらなければいけません。そのためには、憲法9条と深くむすびついている教育基本法を「憲法をかえる根をつくるために、かえないといけない」(中曽根元総理)というわけです。 憲法9条の条文には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」とあります。そして教育基本法の前文には「われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」と書かれてあります。"希求"というのは、「得たいと願い手に入れようとのぞむこと」という意味です。9条で戦争を放棄したから、日本は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」を教育の理念として確立できたわけです。 では、改憲勢力である与党は教育基本法をどうかえようとしているのか、与党改正案の第1条は「教育は、人格の完成を目指し、心身ともに健康な国民の育成を目的とすること」となっています。"平和を希求する"に関わる部分が全部なくなっています。つまり、自衛隊をイラク戦争のような無法な戦争に荷担させるわけですから、「平和的な国家の形成者」(現行第1条)はいらくなります。「真理と正義を愛し」(同前)てもらっては、すぶブッシュの戦争のウソがあばかれてしまうので困るというわけです。 ■憲法改悪のうごきをとめるにはどうすればいいか ■しかし、憲法をかえるには国民投票で国民の半数の賛成が必要です。ですからその投票の方法を決める、国民投票法をどうするかで改憲へのハードルは大きくかわってきます。 有権者の過半数の賛成だと当然改正のハードルは高くなります。しかし、現在の低投票率の選挙で有効得票数の過半数となればハードルは低くなります。国民投票法をどうするのかが改憲をめぐる、最初の大きな対決点になります。 いま、1つひとつの憲法をまもる運動が改憲勢力と、憲法を守るのか、守らないのかのせめぎあいをしているときです。ですから、私たちが何をどのように語り、行動したのかということで日本の行く末が決まるわけです。 憲法9条の精神は、世界の平和の流れの動きそのもので、平和を願う多くの国ぐにの考えであり立場です。「9条を守る」というスローガンをくり返してもだめです。 私たちは平和の運動をとおして憲法9条の中身を自分たちのものにしてきました。この憲法をもう1度、学び、選び直し、9条がはたしている現実の役割を具体的に語り、一刻もはやく多くの人にひろげ、改悪させないために力を合わせることが重要になっています。 |
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(C)日本民主青年同盟 |
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