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政府・財界が導入をねらっている「ホワイトカラー・エグゼンプション」。青年の働き方とくらしにどのような影響をもたらすことになるのでしょうか。流通科学大学情報学部教授の上瀧真生さんに紹介してもらいます(民青新聞3月12日〜3月26日付に3回連載で掲載)。


知っていますか?

ホワイトカラー・エグゼンプションのワナ

上瀧 真生・流通科学大学教授

【第1回】自由にかこつけて自由を奪う

【第2回】一方の働かされすぎが他方の仕事を奪う

【第3回】成果ってなんですか?――賃金と労働時間を考え直す


■自由にかこつけて自由を奪う■

■働き方のルールがかえられる

いま、働き方のルールである労働基準法の改悪が問題になっています。とくに注目を集めているのが、ホワイトカラー・エグゼンプション(以下、WEと略す)という制度です。このWEというのは、ホワイトカラー(主に事務等に従事する人びと。生産現場で働くブルーカラーと対比的にいう言葉)の一定部分について労働時間規制の対象からはずすしくみです。日本の労働基準法では、賃金をもらって働く人びと(労働者)が働きすぎにおちいらないように、1日8時間週40時間までという労働時間の規制がおこなわれています。この規制をある範囲の人についてはなくしてしまおうというのがWEです。

この制度は、大企業経営者の集まりである日本経団連などが以前から導入をもとめてきたものです。これをうけて、昨年末、労働をめぐるルールを審議する労働政策審議会がその導入を答申しました。この答申によると、【1】労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事しており、【2】業務上の重要な権限と責任を相当程度ともなう地位にあり、【3】業務遂行の手段と時間配分の決定等に使用者が具体的に指示せず、【4】年収が相当程度高い者を対象とすることになっています。収入基準はしめされていませんが、経営者側はできるだけ多くの企業がこのしくみを導入できるように決めるべきだ、つまりより低い基準にすべきだと主張しています。日本経団連などは年収400万円という提案をしています。日本の会社員約4500万人のうちこの基準を超える人は約2300万人、そのうち、現在も労働時間規制の対象にならない管理職の人を除くと約1013万人が対象になります。

ことしに入って、WEは残業代を奪うという批判の高まりに押されて、安倍内閣はこの制度の導入のための法案を今国会に提出することは断念しました。ただし、これは、春のいっせい地方選挙、夏の参議院選挙への影響を気にしてのものです。だから、いっせい地方選と参院選が終われば、もう一度この制度の導入がねらわれると考えられます。そこで、これから3週間にわたって、WEをめぐるいくつかの問題点を考えていきたいと思います。

■ホワイトカラーは自由に仕事できる?

「ホワイトカラーは、自分の仕事を自由に組み立てられるのだから、労働時間の規制をしないほうが自分の裁量で仕事と生活のバランスをとることができる」「やるべき仕事をやったら、さっさと帰ればよいし、深夜までの仕事があれば、翌朝はゆっくり出勤すればよい」。これがWEの導入をすすめる経営者側の一つのいい分です。でも、本当にそうでしょうか。

WE導入のモデルはアメリカの制度とされています。たしかにアメリカのホワイトカラーの理想的な働き方を想定するならば、経営者側がいうことはあたっているともいえます。その働き方では、担当する業務の内容と範囲がはっきりしているからです。担当する業務がはっきりしていて、できない仕事にはノーといえ、仕事内容と賃金が見合わないと思えば転職もできる。そういう条件があれば、たしかに自分の仕事と生活のバランスがとれるように自由に自分の仕事を組み立てることができるでしょう。

けれども、日本のホワイトカラーはそういう働き方をしているでしょうか。日本の仕事の仕方の特徴は、担当する業務の内容と範囲があいまいなことです。このことは、仕事を柔軟に編成し直しながら能率をあげようとする日本的な企業経営にとって都合のよい条件となっています。しかしこれでは、どこまでが自分の仕事かはっきりしないから、労働者は「その仕事はできません」といえません。また、チームでの仕事が多く、自分の自由に仕事を組み立てる余地などはほとんどありません。日本の職場では、「その仕事はできません」ということは能力がないことを意味すると受けとられる状況にあるのです。

経営者側のいい分とはちがって、自分の仕事を自分で自由に組み立てられるホワイトカラーなどはほとんど存在しません。存在するのは、次つぎに変化し、ふえていく業務に追い立てられている人びとです。とくに、WEの対象として想定されている、管理職一歩手前の働き手は、もっとも長時間過密労働になりやすい状況にあります(この点は次回くわしく考えてみます)。

■残業代と自由を奪うワナ

こういう現実のホワイトカラーの状況のなかでは、WEは労働者の一部の残業代を奪うしくみになります。残業代は、規制された労働時間、つまり1日8時間1週40時間を超える労働時間に支払われるものです。その労働者が労働時間規制の対象外になれば、当然、企業は残業代を支払う必要がなくなります。厚生労働省『毎月勤労統計』による年間残業時間は1人平均156時間です。これ以外に、未払いの残業時間(これは違法です)が240時間あると推計されています。残業時間の実態は1人平均年間396時間で、これに平均的な残業代で支払うとすると1人年間114万円です。WEが導入されると、企業はこの残業代を合法的にいっさい支払わなくてよくなるわけです。これは働く人にとって大きな痛手です。

それだけではありません。そもそも労働時間が規制され、労働時間とそれ以外の時間が明確に分けられることは労働者が自由であるための基本条件です。労働者は労働時間内では不自由であるから、その時間の最大限を決めて、労働者が自由を取り戻し、仕事をすることによって消耗した肉体と精神の回復する時間を確保できるようにするのが、労働時間の規制の意味です。日本のホワイトカラーは、まさにそういう不自由な仕事をしいられています。ですから、ホワイトカラーの自由を最大限に活かせる制度だと経営側が主張するWEは、実は労働者の自由を奪うしくみです。このワナにひっかからないようにしないといけません。

しかし、若い読者のみなさんからすると、このしくみは自分にはかかわりないと思われるかもしれません。ところが、じっさいにはおおいにかかわりがあります。この点を次回以降考えてみましょう。(つづく)

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■一方の働かされすぎが他方の仕事を奪う■

■労働時間の二極化って知ってますか?

前回、ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)がホワイトカラーの自由をいいながら、実際にはその自由を奪うしくみであることを見ました。しかし、みなさんのなかには自分にはかかわりないと思われた方もいるかもしれません。それは、あなたがアルバイトかパートタイムか派遣の仕事をされているからかもしれません。たしかにWEは正社員の、しかも管理職一歩手前の人たちを対象にする制度だとされています。したがって、正社員以外の人たち(非正社員)には直接には関係しません。ではWEは、本当に正社員以外には関係ないことなのでしょうか。

いま、いろいろなことが平均で語れなくなっています。労働時間もその一つです。一方で週35時間未満しか働かない(働けない)人びとがふえています。総務省「労働力調査」によると、週労働時間が35時間未満の労働者は1995年に896万人だったものが2005年には1266万人に、約1・4倍になりました。これは、この間にパートタイムの非正社員が増大したことを反映しています。非正社員は、1995年の1001万人から2005年の1591万人へと、約1・6倍になっています。いまや、労働者の3分の1、青年労働者の2分の1は非正社員です。

他方で、週労働時間が60時間以上、つまり労働基準法に定められた週労働時間を20時間以上も上回る労働者は、1995年の559万人から2005年には617万人へと増大しています。この間に正社員は、1997年の3812万人をピークに2005年には3333万人へと500万人近く減少しているなかでです。総務省「就業構造基本調査」によって男性正社員の労働実態をみれば、週60時間以上働く労働者が正社員の4分の1を超えています。とくに30歳代、40歳代の男性正社員(多くが管理職やその候補生です)の長時間労働が目立ちます。

一方で週35時間未満の短時間労働者が増大しながら、他方で週60時間以上働く長時間労働者も増大している。こういう現状を労働時間の二極化といいます。

■メダルの裏表

なぜ、このようなことが生じているのでしょう。実は、パートタイムなどの短時間労働者の増大と正社員の長時間労働とのあいだには密接な関係があります。この10年間、正社員は減少し、非正社員が増大しました。職場では、減少した正社員が増大した非正社員を管理しながら、へらない業務をこなさなければならなくなりました。とくに管理職やその候補生は、前回も見たように、無能という烙印の恐怖から、長時間過密労働をしいられています。

そして、逆に一部の労働者の長時間過密労働が、他方での短時間のパートタイムなどの非正社員をうみだしています。人間的に考えれば、一方に働きすぎの人がおり、他方に働く時間が少ない人(あるいは失業した人)がいるのであれば、仕事を分けあうことによって過剰労働による弊害と過小労働による弊害を一度に解決できるはずです(この考え方をワークシェアリングといいます)。ところが、現実にはそうならず、正社員の一部の長時間過密労働が、パートタイムなどの非正社員増大の条件になっています。経営者からすれば、一部の正社員が長時間過密労働に耐えて基幹の業務をこなしてくれることが、それ以外の業務にパートタイムなどの非正社員をあてるための条件です。働く人からみても、いろいろな生活の条件から長時間過密労働に耐えられない人は、パートタイムなどの非正社員にならざるをえないのです。

つまり、一方における正社員の長時間過密労働と他方におけるパートタイムなどの短時間労働とはメダルの裏表の関係です。いい方をかえれば、一部の労働者の働かされすぎが、パートタイムなどの非正社員の増大の条件となり、非正社員が正社員になる道を閉ざしているのです。

■すべてはもうけのため

この関係は自然の産物ではありません。日本の企業は、1990年代の不況、とくに1997年以降の不況の深刻化を切り抜ける方策として、人件費を徹底的に切り詰めてきました。そのために、一方で正社員の雇用を削減してぎりぎりの人数に切り詰め、他方でパートタイムなどの非正社員をふやしてきました。正社員と非正社員とのあいだには大きな賃金格差があります。この賃金格差を利用して、相対的に賃金の高い正社員の数をへらして、低賃金の非正社員にゆだねる仕事をふやしていく。企業は、この10年あまり、こうした方策を「雇用ポートフォリオ」と名づけて推進してきたのです。そして史上最長の景気拡大局面といわれる現在も、この状況は大きくかわっていません。世界をかけめぐる資金に自社の株式を買ってもらうために、もうけをあげつづけなければならないからです。

こうして生じる正社員、とくに30歳代、40歳代の男性正社員の長時間過密労働は、過労死や過労自殺、あるいはうつ病などの精神疾患を引き起こす深刻な状況です。しかも、多くの場合、違法な不払いの、いわゆる「サービス残業」が存在しています。さすがに、厚生労働省もこの事態を放置できず、2001年4月に「サービス残業の根絶」をめざす通達をだし、実際にその摘発をつよめてきました。WE導入をめぐる議論の経過をみると、少数の正社員の長時間労働なしにはやっていけない経営側が、サービス残業の摘発をのがれるためにその導入の要求をつよめたことが読みとれます。

このようにWEは、少数の正社員の長時間労働を合法化する制度であり、そのことをつうじて非正社員が正社員になる道を閉ざす制度です。つまり、パートタイムやアルバイト、派遣の仕事をされている読者のみなさんにも、害悪をもたらします。WEはすべての働く人びとにとって重大な問題なのです。

しかし、ここまでの検討のうえでもなお、仕事は成果にしたがって評価されるべきであり、労働時間では測れないという経営側の主張に共感される読者がおられるかもしれません。この点については次回考えてみましょう。(つづく)

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■成果ってなんですか?――賃金と労働時間を考え直す■

■成果主義という理屈

前回、ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)は、少数の正社員の長時間労働を合法化し、非正社員が正社員になる道を閉ざし、非正社員をふくめたすべての働く人びとに悪影響をおよぼすことをあきらかにしました。今回は、仕事は成果にもとづいて評価するべきであり、労働時間では測れないというWE導入を正当化する経営側の理屈を検討します。

この理屈は成果主義といわれます。成果主義は、賃金の支払いは仕事の成果にもとづくものであり、高い成果をあげた者の賃金は上げ、成果のあがらない者の賃金は下げるべきだといいます。そして、労働時間が短くても成果があがる者もいるし、労働時間が長くても成果があがらない者もいるのだから、一律の労働時間の規制は意味がないといいます。WE導入を提案した労働政策審議会報告も、その対象者の第一条件を「労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者」とし、成果にもとづく賃金支払いを労働時間規制をとりはらう前提としています。

青年のなかでも、この成果主義の考え方に共感をしめす人は多いようです。成果があがれば賃金が上がるのだからよいしくみではないか、というわけです。しかし、本当にそうでしょうか。賃金と労働時間の基礎から考え直してみる必要があります。

■賃金と労働時間の基本法則

そもそも賃金とはなんでしょう。ふつう、賃金は労働にたいする支払いと考えられています。しかし、よく考えてみると労働者は労働を売っているわけではありません。労働は、労働者が雇用契約をむすんだあとに、企業に行ってはじめておこなうことができるものです。ですから、雇用契約をむすぶ段階では労働は売れないのです。その段階で労働者が売っているのは、労働力(働くために使う肉体的、精神的能力のすべて)です。

ところで、労働すれば疲れます。労働によって失われる自分の肉体的、精神的能力を回復しなければ、労働者は翌日働くことができません。労働力回復のためには労働者が健康に生きなければならず、そのための衣食住の条件が必要です。これらにかかる費用が労働力商品の価値の第一の基礎です。さらに、労働者個人には寿命がありますから、賃金制度が存続しつづけるためには次世代の労働者が必要です。そのためには、労働者が家族を形成し、子どもを育てなければならず、そのための費用が必要です。この費用が労働力商品の価値の第二の基礎です。つまり、労働者の個人としての労働力の再生産費と次世代の労働者の労働力の再生産費とが賃金の基礎なのです。

他方、労働者が労働力を回復し、家族を形成し、子どもを育てるためには、労働時間の制限が必要です。長時間過密労働がつづけば、個人としては労働力を回復できず、過労死してしまいますし、家族を形成し、子どもを育てる余裕がなくなってしまいます。したがって、労働時間の制限は労働者が労働力を再生産するための必要不可欠の条件なのです。

■賃金の支払われ方が労働者を苦しめる

労働力の再生産費を基礎にした賃金と労働力を再生産できる労働時間の制限は、労働力売買の基本法則です。ところが賃金制度では、ふつう、賃金は労働にたいする支払いとしてあらわれます。賃金の支払いが基本的に労働の後におこなわれることから、賃金は労働にたいする支払いという観念がうまれるのです。こうなると、賃金の支払われ方が労働者を苦しめる手段として利用されるようになります。

労働にたいする賃金支払いの基本は労働時間にもとづく支払いです。1日8時間労働で労働力の1日分の価値が1万2千円(月20日労働で24万円)とすれば、1時間あたりの賃金は1500円となり、この賃金(時給)が賃金支払いの基本的な計算単位になります。このとき、1日8時間のフルタイムの労働者であれば、労働力を再生産できる賃金を得ることができます。ところが1日4時間のパートタイム労働者は、同じ時給でも1日6千円(月20日労働で12万円)で労働力を再生産できない賃金になります。これがパートタイムやアルバイトなどの非正社員の生活が苦しくなる一つの根拠です(もう一つの根拠は、パートタイムやアルバイトの労働を正社員よりも低級な労働とみなして、時給を低くしていることです)。

他方、労働にたいする賃金支払いは生産物の量にもとづいておこなわれることもあります。先の例で、1日8時間労働で400個の生産物をつくる労働者を標準とし、生産物1個あたり30円を賃金計算の基礎として、労働者がつくった生産物の量にしたがって賃金を支払うわけです。こうなると、8時間で400個つくることのできる労働者は労働力を再生産できる賃金を受けとれますが、300個しかつくれない労働者は労働力を再生産できる賃金を受け取れません。労働時間を延ばして400個つくっても、その分の労働力の消耗はおぎなえません。

このように、時間にもとづく賃金支払いにしろ、生産物量にもとづく賃金支払いにしろ、労働者を苦しめる手段として機能します。

■成果主義が労働を破壊する

成果主義もそうした賃金支払いの一方法です。成果主義の場合、賃金支払いのの基準となるのは「成果」だといいます。しかし、「成果」とはなんでしょう。その客観的な基準はありません。そこで経営側は、企業がもうけをあげることにいかに貢献するかについて、各労働者に目標を立てさせ、それをどれほど達成したかを基準に支払うといいます。これでは、労働者の抵抗がなければ、時間や生産物量にもとづく賃金支払いがもっていた労働と賃金との関係は断ちきられてしまい、経営側は目標をいくらでも高く設定できることになります。しかも成果主義の賃金では、まず企業全体のもうけの量にしたがって賃金支払いの総量が決まり、これを個々の労働者に配分する基準として「成果」が使われることになっています。つまり、企業のもうけがあがらなければ、個々人が目標を達成してもその賃金はさほど上がらないということです。この場合、賃金の引き下げだけがおこなわれることになります。

目標を高く設定され、それを達成してもさほど賃金が上がらないわけですから、成果主義の賃金支払いは労働の強度を上げ、労働時間を延長し、しかも賃金の減額をもたらすしくみです。そのうえに、この成果主義を口実としてWEを導入することにより、経営側は労働時間の制限をとりはらい、労働者の自由な生活時間を奪い、残業代まで奪おうとしているのです。

これまで、WEがいかに働く者の労働と生活をおびやかすかを考えてきました。私は、WEやその導入の理屈である成果主義の問題点をきちんと認識して、これに反対しなければならないと思っています。みなさんの討論と行動に期待します。(おわり)

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