分断乗り越え 人間らしく生きられる社会へ 相対的貧困を考える

貧困問題を取り上げたニュース番組をきっかけにインターネット上やSNSで報道や出演した高校生に対するバッシングが起きています。貧困が取り上げられるとなぜバッシングがくり返されるのでしょうか。進学をあきらめざるを得ない、非正規雇用で将来の展望が持てないなど、青年の実態から貧困について考え、政治や社会に何が求められているのか考えます。(文中は一部仮名、松浦裕輝記者)

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その人らしく生きられる保障を
バッシングのきっかけとなったのは8月18日、NHKで放送されたニュース番組です。母子家庭で経済的な困難から専門学校への進学をあきらめざるを得ないという実態を高校生が語りました。放送後、インターネット上では、映し出された家の様子や特定されたSNSのアカウントから、好きな映画を何度も見ていることや千円のランチを食べていること、高価な文具を持っていることなどが取り上げられ、「貧困のふりをしている」「映画やランチを楽しんでいるのに貧困とはいえない」などと中傷が行われました。
街頭で「貧困」のイメージを聞くと「食べたくても食べられない生活」「日本とは縁がない」などの声が聞かれました。貧困問題にとりくんできたNPO法人ほっとプラスの藤田孝典さんはバッシングの背景に「貧困」への理解が広がっていないことがあると指摘します。飢餓状態など生命の維持が難しい「絶対的貧困」ではなく、ニュースで取り上げられた高校生のように人間関係の維持や教育にお金をかけられるかといった、その社会で「普通」の暮らしができているかを基準にした「相対的貧困」についての理解が乏しいことからバッシングがくり返されてきたといいます。藤田さんは「日本全体の所得が下がり、多くの人が生活に困っている中で怒りの矛先が弱い人に向かっている」と話します。
困窮世帯の学習支援にとりくんできた緒方賢人さん(31)は「一時的に使えるお金があっても学費など進路に使うまとまったお金に苦労している。その状況をどう変えていくか考えることが必要」と言います。経済的事情で進学をあきらめる子どもたちを見てきた緒方さんは相対的貧困を放置しておくことで「何かに挑戦する気持ちが奪われていくことになる」と話します。憲法で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」(25条)を挙げ、「その人らしく生きられるための文化や教育を含めて生存権を保障してほしい」と話します。

声上げ 連帯つくろう
「今の貧困は目に見えないから声を上げることが必要だと思う」と言うのは須藤美香さん(大学4年)です。一人暮らしをして国立大学に通うためアルバイトを三つ掛け持ちしながら生活費を賄っています。飲み会や遊びに極力お金を使わないようにしたり、友人から衣服をもらったり、食費を削るなど「削りきったという感じで常にギリギリの状態」と言います。「考え出すときりがないけど、友だちと旅行したり、おしゃれしたり、好きな服を着たりしたい」と須藤さん。バッシングについて「生活が苦しい中でも、趣味や好きなことをやりたいということを認め合える社会になってほしい」と話します。「ランチや映画すら行けない人もいる。バッシングするのではなくて、自分たちも苦しいと言える方向にいけるといい」
8月27日、東京・新宿で「貧困叩きに抗議する新宿緊急デモ」が行われ、集まった500人(主催者発表)は「生活苦しいヤツは声あげろ」などのプラカードを持ちアピールしました。主催の「AEQUITAS(エキタス、ラテン語で『正義』『公正』の意味)」のメンバー原田仁希さん(27)は「声を上げた高校生へのバッシングを許さない人が居ること、声を上げてもいいんだということを示したかった」と話します。自民党の片山さつき参院議員がツイッターでバッシングを煽るような発言をしていたことに原田さんは「国の責任は何なのかちゃんと考えてほしい。仕事ができる、教育を受けられる、最低限度の生活ができる権利を保障しないといけない。国の在り方を政治家として考えるべきなのに、『自己責任』論で抑圧するのは真逆」と憤ります。28日には愛知や京都でも行動が広がりました。原田さんは「『自己責任』論がまん延すると社会保障が削られていく。今もどんどん生活が切り下げられている。今回の高校生だけじゃなくみんなに影響がある。国が責任を持って生活を保障すべきという空気をつくらないといけない」と話します。(2面につづく)