続く余震への不安 一刻も早い避難生活の改善を 熊本地震

続く余震への不安 一刻も早い避難生活の改善を 熊本地震

相次ぐ強い揺れに襲われ、最大震度7を2度記録した「熊本地震」。家屋の倒壊や震災関連死などで68人が犠牲になり、1人が行方不明のままです。発生から1カ月がたつ現在も活発な余震が続き、25市町村で1万312人が避難生活を余儀なくされています(14日現在)。4月26~28日、現地を訪れ被災状況や青年の思いを取材しました。 (文中は一部仮名、松浦裕輝記者)

2階建ての1階部分が完全につぶれ、倒壊した美容室(4月 26 日、益城町)

 

平穏な生活に戻りたい
震度6強を観測し、家屋の倒壊による死者や多くの重軽傷者を出した熊本市。4月14日午後9時26分、東区で家族と暮らしていた後藤祐介さん(33)は家に帰り着いた直後に前震に襲われました。「ゴーッという地響きが聞こえてガタガタっと強い揺れが起きた。今までに経験したことのない揺れだった」。後藤さんは家族と家の外に出て車の中で夜を明かしました。
4月16日未明、家に戻った後藤さんがソファで「(余震が)落ち着いてきたなとゆっくりしていた」ところに本震が襲います。「最初はゆっくり揺れて、長く続くなと思っていたらいきなりズシンときてガタガタと横に縦に揺れた。立っていられないので床に這いつくばっていた。外に出ると近所で悲鳴や家具が倒れたり窓が割れる音が聞こえる。もう地獄だった」。後藤さんの家は無事でしたが、余震への恐怖から取材当時10日間に及ぶ車中泊を続けていました。「ガスが通っていないから風呂には1週間入れなかった。強い揺れが来るたびにドキッとするし、車の中はしっかり寝れないから疲れる。早く余震もなくて平穏な生活に戻りたい」
地震によりガスや水道・電気が止まった熊本県内では、最大で約18万人もの避難者が発生し困難な避難生活を余儀なくされています。地震直後から近所の高校の体育館に避難した民青熊本県委員会の高本征尚県委員長は、食料の確保に追われ断水でトイレが流せないなど「ライフラインが止まるのは決定的にストレスがたまる」と話します。
「避難所生活は身が持たないと思った」と高本さん。体育館にはプライバシーを守るための間仕切りもありません。高本さんは「子どもがストレスをためて言うことを聞かない。走り回ったりすると周りの迷惑を考えてしまう。家族も憔悴しきっている」と話します。「家で寝た方がプライバシーは守れる」と4月25日には自宅に戻りました。余震への不安から夜も電気をつけたまま寝ています。高本さんは「疲れが取れない。リラックスできる環境が欲しい」と話します。

強い揺れで家具が散乱し入口が塞がれた家屋で、家具を 運び出す作業をする青年ボランティア(4月28日、西原村)

熊本地震では本震以降現在まで1400回(14日現在)の余震が観測されました。余震への不安で屋内にいられず、車中泊を続ける人の健康不安が広がっています。長時間座ったままでいたりすることで血栓ができ、突然死を引き起こす危険性がある「エコノミークラス症候群」などによる「震災関連死」は19人(14日現在)に上ります。
4月26日早朝、記者が日本共産党の山本伸裕熊本県議と聞き取り調査を行った西山中学校のグラウンドには二十数台の車が並び車中泊をする人の多さを感じました。山下貴子さん(43)は昼間は仕事や家の片付けに出かけ、夜は家族4人が軽自動車2台で寝ています。「家がつぶれるんじゃないかという恐怖を味わった。余震はちょっと揺れただけでもものすごく怖い。トラウマになっている」。コンビニで働く山下さんは「立ち仕事から帰ってきて車で寝ている。体がきつく、脚が痛い。今は気を張っているから大丈夫。住むところを早く何とかしてほしい」と話しました。山本県議は「車中泊をしている人たちが健康被害を受けたり命を奪われたりすることを避けるために、行政が対策を取らないといけない」と指摘します。

何かしたい思い形に
民青中央委員会では救援募金を呼びかけ、全国の街頭で募金活動やボランティア活動が始まっています。
4月28日、民青福岡県委員会が呼びかけたボランティアには6人が参加し、地震で大きな被害を受けた西原村を訪れ、建物や部屋の片付け作業などにとりくみました。ボランティアの要請をした牛田博子さんの自宅では、床に散らかっている物を片付けたり倒れた棚を元に戻す作業にとりくみました。1時間ほどで作業は一段落。牛田さんは「一人の時は呆然としていたけど、ボランティアが来てくれて片付けのめどが立ってやる気が出てきた」と話します。
ボランティアに参加した小林朋子さん(31)は、熊本地震の被害や情報をテレビやSNSで見るたびに「自分に何ができるのか。行っても邪魔になるだけかも」と悩んでいたといいます。民青の呼びかけに「できることがあるなら何でもやりたい」と参加した小林さん。「一人で行こうとはなかなかならない。民青で動くならやりたいと思えた。身近な人たちと一緒にボランティアできて良かった」    (2面につづく)